ことです。
最近読んだ本の紹介をさせてください。
時間管理をするために時間割を導入したことで、以前よりもできることが増えたと実感しています。(過去記事)
そして、もっと効率的に時間を使いたいと思うようになりました。今の時間の使い方は正しいのか、何か間違っているんじゃないか、と。
こうしたことに悩みつつも、将来のために頑張って、今を生きることを心から楽しめていない状態は果たして正解なのか、との疑問を持つようになっていました。
そんな時に、限られた時間をどう使うかについて書かれた本(『限りある時間の使い方』オリバー・バークマン著)を読んだので、紹介させてください。
80歳まで生きるとして、人生は4,000週間
人生は4,000週間ときいて、短いと感じましたか?それとも長いと感じましたか?
私は、とても短いと感じました。
というのも、毎週週の初めはスケジュール帳をみて1週間の予定を決めています。そうして週末はどんな週だったかを振り返るようにしています。
毎週末、「今週もあっという間に一週間が終わった」という感覚になります。
それが、人生であと何回あるのか、と考えると人生って短い、という感想を持ちました。
(ちなみに、90歳まで生きたとしても4,700週間。)
私と同じように「人生は短い」と感じる人が多いからこそ、時間を有効に使うことが価値あるものとみなされているように感じます。
そのため、短い時間でたくさんのタスクをこなすためのタイムマネジメントやアプリ、家電をよく目にしますし、私もお世話になっています。
けれど、数十年前と比べて、郵便でなくメール、箒でなくルンバ、といった便利なモノを使うことで、こなせるタスクが増えたはずなのに、私たちの生活に時間のゆとりが増えたようには感じられません。
むしろ生活が加速したせいで、みんな以前よりもイライラしているように見えます。
郵送は3日待てるのに、重いウェブサイトは10秒も待てません。
幸せになるために短い時間でたくさんのタスクをこなすよう努力しているのに、タスクが減る気配がありません。
そして現在、「タスクが終わらないのは自分の能力が足りないからではないか」とたくさんの人が自分を責める状況は、幸せと言えるのでしょうか。
タスクを片付けても、ますます多くのタスクが積みあがる理由
パーキンソンの法則をご存じですか?
仕事の量は、完成のために利用可能な時間をすべて満たすまで膨張する、というものです。
例えば、この仕事は1週間あれば余裕で終わると思っていても、その仕事が1週間より前に早く終わることはない、ということです。
仕事に限らず、余裕を持って見積もっても実際はギリギリ、ということは多くの人が経験していることではないでしょうか。
時間があると、その分タスクが勝手に膨らんでいくのです。
さらに、効率的に仕事をこなそう、として陥るのがメールの罠だと思います。
もっと早く、とタスクを処理すると「あの人は急ぎで対応してくれる人」と認識され、急ぎの仕事がどんどん舞い込んで、タスクが増えていく。
タスクを片付けるために早く処理しているのに、タスクは増えていく恐怖。ゾッとしますが、私にも身に覚えがあります。
ここで注意することは、全ての時間管理が意味をなさない、というわけではありません。
けれども私たちのタスクが多すぎるために、一定程度を超えた場合は「もっと効率的にやれば忙しさから逃れられる」ことはないのです。
どんなに効率的に頑張ったところで、「全部」は終わらないのです。
可能性を狭めると、自由になれる
私たちの日常は、タスクを片付けるために生産性を高めているようにしか見えません。
「いつか邪魔なタスクを終えたら、本当に大切なことをしよう」
そう思っていても、現実にはタスクがなくなることはないから、本当に大事なことをする時間がないのです。
では、どうするか。
まずはタスクを全部片づけることはできないから、大切なものを
第一の原則:まずは自分の取り分を取っておく
本当にやりたいことがあるのなら、タスクを片付けてから取り掛かるのではなく、今すぐに実行すべき、というもの。
これは先取り貯金と一緒です。(お給料が入ったら、余ったお金でなく先取りで貯金しないと一生貯金できない。)
タイムマネジメントでも「自分との約束」としてあらかじめスケジュールを確保し、例え他人に「今日飲みに行かない?」と誘われたとしても「(自分との)用事かあるから」と断る、というものです。
私の場合、実際に誘われたときにどれだけ「自分との約束」を優先できるかは難しいと思っていました。
けれど「自分の時間をどう使うか」という点で、当然のように他人を優先していたことに気付いてからは、断りやすくなりました。
また、実際に断っても「特に問題はない」という経験を繰り返すと罪悪感はなくなっていきました。
第二の原則:「進行中」の仕事を制限する
「進行中」の枠は3つしかない、としてそれ以外のタスクを制限する。
すると、すべてを同時に進行できない代わりに、3つのタスクに集中することで、タスクを効率的に片づけることができます。
全部を一度にしようとしても、中途半端なものが増えてしまうので、制限することで注意散漫にならずにタスクをこなすことができる。
こちらも「あるある」ですね。
あれもしないと、これもしないと、と思っていたら電話・メール・上司からの指示・会議でタスクは増殖。
焦っても終わらないので、私の場合はタスクを書き出して、優先順位の高い方から順に片付けていました。
でも、実際はいくつか平行していたので、「3つ」と制限した方が集中できたと反省です。
第三の原則:優先度「中」を捨てる
例えば、「人生でやりたいことトップ25をリストアップして、優先度の高い5つ以外は捨てる」というものです。
これは極端な例とは思いますが、つまり優先度「中」には注意が必要ということ。
人生の中ではさほど重要ではないけれど、重要なことから目をそらすくらいには魅力的なものだからです。
そこそこ面白い仕事のチャンスや、楽しい友人関係を切り捨てるのは惜しい気がするけれど、限られた時間を多く食いつぶしている可能性があるのです。
耳が痛いです。
自分が「やりたい」と思うことでさえ、優先順位が「中」であれば、ノーと言わなければいけません。
そろそろ、優先順位が「中」のものに割く時間もエネルギーも、ないことを自覚しなければいけません。
優先順位「大」でも取捨選択しなければいけないのに、「全部、頑張ればなんとかなる」というのは幻想でした。
まとめ:現実を受け入れよう
現実世界でのあらゆる選択は、できるかもしれなかった無数の生き方を失うことに直結する。厳しいけれど、それが現実だ。現実逃避をやめて、喪失を受け入れることができれば、有害な先延ばしに陥らなくてすむ。出口のない優柔不断から抜け出すことができる。
『限りある時間の使い方』オリバー・バークマン
何かを失うのは、当然のことだ。
だから、もう心配するのはやめて、手放そう。
私たちは、とてつもない情報社会の中に生きています。
そしてネット上には、とてつもない数の魅力的な選択肢が並んでいます。
けれども、そのすべてを選ぶことはできません。
時間が有限だからです。
にもかかわらず、選ばなかった方の選択肢を考えて、一つを選ぶことに怯えていました。
それでは「現状維持」または「緩やかな衰退」でしかありません。
幸せになりたいのなら、無数の選択肢を捨てて、思い切って一つを選ぶ。
すると、その選び取ったものに価値が生まれる。
あとは、自分が選び取った未来に向かって進むだけ。
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